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大英帝国のアジアイメージ

本書の大きなテーマは、19世紀イギリス(大英帝国)から見たアジア(中国、インド、日本など)のイメージです。


大英帝国のアジア・イメージ (MINERVA西洋史ライブラリー (14))

『ヴィクトリア時代の総合誌に掲載されたインド・中国・日本に関する論文を通して、「文明化の使命」というヴィクトリア時代の時代精神の変化を分析。彼らが植民地・非ヨーロッパ世界をどう描いたかをたどる。』
(「MARC」データベースより)

簡単にいうと、文明が進歩し、世界のリーダーとして、数々の植民地を支配・統治していたイギリス(大英帝国)が、自分たち先進国よりも文明的に遅れているアジア諸国(非ヨーロッパ世界)をどのようにみていたのか、雑誌論文、風刺漫画「パンチ」、文学、新聞記事などの史料を通してみてみようというものです。

「近代イギリスで生まれた柳模様(ウィロー・パターン)と呼ばれる陶磁器の文様。中央に柳を置き、橋や人物を周りに配したデザインは、英国社会に大きな影響を与えた。人々の心をとらえた模様の歴史をひもとき、魅力を再発見する。」
2008/08/08付 西日本新聞夕刊

おおまかなイメージの流れとしては、16~19世紀初頭はシノワズリー(中国ブーム)、そして、19世紀後半以降はジャポニズム(日本ブーム:工芸品、浮世絵など)の時代とされます。それぞれ具体的にみていくと、まずシノワズリーの時代は、西欧にとってのお手本になるという意味で、中国のイメージは良いものでした。たとえば、偉大で強力な中国(賢者=孔子のイメージ)、ユートピア的、ばら色の肯定的イメージ、慈悲深い皇帝による良き統治、陽気な暮らしなどが挙げられ、中国の文化は賛美され、模倣されました。こうした中国イメージの絶頂期は、17世紀末であるとされます。

では、具体的にどのような中国観を持っていたのでしょうか。中国賛美派としては、マテオ・リッチやヴォルテールが挙げられます。しかし、18世紀中葉(義和団事件の頃)から、以上のような中国イメージは悪化し、代わって日本のものが非常にもてはやされるジャポニズムの時代へと変化するのでした。こうした中国のイメージ悪化の背景には、19世紀の潮流、つまり、「オリエンタリズム」の時代による影響が考えられ、そうした潮流の中で、ヨーロッパの自己認識が変化し、商業的関心、あるいは、進歩への関心を持つようになっていったことなどから、不変の国である中国のイメージは、停滞、退化、科学的に無能、軍事的に弱体などと非常に悪くなっていきました。


柳模様の世界史―大英帝国と中国の幻影

しかし、当時のイギリスの人々にとって、依然として持っていた肯定的な中国のイメージも存在します。すなわち、柳模様に反映された中国観です。そこには明確な中国のイメージがあり、それは非常に大きな影響力を持っていて、19世紀になっても依然として人々に親しまれていました。具体的にその楽しみ方は、皿にこめられた恋愛物語をはじめ、それにちなんだ演劇やゲームまで様々であり、また庶民だけではなく、中・上流階級の人々にも親しまれていました。とくにイギリスの子どもたちの心に植えつけられており、彼らは母親や祖母などの膝の上で、柳模様の物語を聞き、柳模様の歌を歌うなど、柳模様を楽しんでいました。そして、それらは個人の問題におわらず、代々と受け継がれていくというように、イギリスの人々にとって、とても身近で、根深く、そして、大きな影響力を持っていました。以上のことから、実は、19世紀においても、18世紀の中国観の一部(ユートピアの土地、インドの更紗と柳模様の皿に基づくイメージ)が残っていて、しかも、同時代の人々もそれを認識していたのであり、必ずしも中国のイメージは変化したとはいえないのです。

その背景にある最も大きな問題は、当時の人々(研究者など)が、柳模様の中国観を認識していながら、その影響力が19世紀に入っても依然として残っていて、大きな影響力をもっていたという、その重要性に気がつかなかった、あるいは、気づいていながらもあえてそれを掘り下げて研究する人がいなかったことです。この理由としては、当時のイギリス人にとって、柳模様の中国観は子どもの頃から慣れ親しんでいるものであり、「母の膝で」聞かされ、醸成された中国イメージであるゆえに、史的意義を改めて問うことは、あまりにも身近すぎて、難しかったためであるとされます。そのため、中国のイメージは“変化した”と捉えられるという問題が生じたのでした。

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