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「スペイン幻想小説」に見る二つの幻想ーロマン主義の特徴と魅力

特に気に入った、ロマン主義時代の二つの作品、ホセ・デ・エスプロンセダの「義足」と、フアン・バレラの「人形」における幻想を分析していく過程で、カルデロン以降の文学の変遷を簡単に述べつつ、ロマン主義時代の文学の特徴や、その支持される理由について述べていく。「ロマン主義」に対する定義を試みたい。

ホセ・デ・エスプロンセダ「義足」(1835)における幻想

事故で脚を骨折し切断した豪商が、素晴らしい腕前を持つという義足づくりの職人に、「自分が義足を身につけているというよりも、義足が自分の体をひとりでに運んでくれるような、要するに、ひとりで勝手に歩きだすほどの脚がほしい」と依頼した。すると、三日後にはその通りの、すなわち、ひとりで勝手に歩きだして、止まらない義足を手に入れることになり、永遠に世界中を駆け巡ることを運命づけられたという筋である。これが、ロマン主義文学の特に顕著な特徴、すなわちタイトルのとおり、①実際にはありえないような幻想である。最後の展開は皮肉的であり、気の毒に思う一方で、元はと言えばそうなることを願っていた彼だけに笑ってしまったが、本来ならば無生物である義足が、生命を持った人間の脚のように走り回り、またその規模が世界であるという点では、自由奔放でスケールの大きな作者の想像力を感じさせる興味深い作品である。

脚を病んだ人々の中には、こうした幻想を抱く人々も少なからずいるだろうし、なんらかの希望を与えられたのではないだろうか。また健全な脚をもつ人々にとっても、秩序立った社会をよしとし、規則や理性が重要視されていた前世紀(新古典主義時代)においては考えられないような、”心の赴くままに”表現された自由な発想に強く惹かれる部分が大きく、なんらかの解放感を味わえたのではないだろうか。そしてこの「解放感」こそが、ロマン主義文学が支持される得に大きな理由①であると考える。

実際に、ちょうど年代的にもカルデロンの死後(1681~)、徐々に退廃していくバロック文学にかわって、18世紀から続いていた新古典主義的な風潮を望む保守派と、自由主義者たちの長期にわたる論争などがひとまず一段落し、普遍性というよりかはむしろ個人の自由や個性など特異性を尊重するロマン主義が決定的な進展を見せ始める頃(1835)であるということからも、「義足」(1835)が、スペインにおけるロマン主義文学の先導となり、規則に縛られていた当時の人々の心に少なからず革命を起こしたことは明らかであろう。

ちなみにイギリスのロマン主義はアメリカ独立革命(1775~)やフランス革命(1789)などまさに革命の時代を反映して高揚した、文体やテーマなど色々な意味において文学上の革命的要素を持つ思想であり、特に影響を受けたフランス革命(1789)から選挙法改正(1832)までの約40年間続いたといわれる。といっても実際のところは(当時のワーズワースやコールリッジをはじめとする6人の詩人によって、ロマン主義における作品はどうあるべきか、という文学上の革命の定義づけが事実上成された)「叙情民謡集」が出版された1798年から1832年までの34年間であると考えられる。

いずれにせよイギリスにおけるロマン主義時代が事実上終焉を迎えた後(1832年~)で、ようやくスペインにおけるロマン主義時代(1835-50)が到来したのだという意味ではスペインにおいてロマン主義の潮流はかなり遅れてもたらされたのだといえるだろう。話が脱線したが、以上のことからロマン主義を定義づけると、作家の自由な発想と想像力によって個々の人間(読者)の心の内奥に閉じ込められていたなんらかの情念が爆発する、いわば文学などによる一種の人間改革(革命)とも呼べるのではないかと考える。

フアン・バレラ「人形」(1894)における幻想

どんなに横柄で厚顔無恥な男でも一目置かせる力があるというくらいの純真無垢な心と美貌を兼ねる少女は、草むしりをしていたある日、畑の土の中に古い壊れかけの人形を見つけた。彼女は、人形の汚れを落とし、体のほころびを縫い、ドレスを着せ抱きしめて一緒に寝るなどとにかく可愛がった。すると、信じられないことにその人形に生命が宿り、さらには言葉を話し、食べ物までも口にするようになったのである。これはまさに、ギリシャ神話(古代ローマのオウィディウス「変身物語」第十巻)のキプロス王ピグマリオンを思わせる現象であろう。彫刻家でもあった彼が、俗世の女性に幻滅し、象牙で理想の女性像ガラテアをつくった。そして彼は、本書「人形」の少女同様に、象牙の女性像をこよなく愛し、人間であってほしいと切実に願ったところ、美の女神アフロディーテが彼の願いを叶え、象牙の女性を人間にしてしまったというものである。

以上のことから、特徴として、②ロマン主義者たちによる、古代ギリシア・ローマ世界など、時間的・空間的に遠く離れた世界に対する憧れも読み取れるし、また同時に、③ロマン主義の到来により古典主義の流れは途絶えたとはいわれるが、その古典蔑視の対象が、実際のところはフランス古典主義に向けられていたのであり、決して古代ギリシア・ローマに対してではないということにも納得できるだろう。さらに読者の立場から見た場合の特徴として加えると、④夢と希望を持ち信じるならば、それは実現するのだという、人間の心の深奥にある願望が、時間と空間を越えた古典的要素と結びつけられることによって、何か神秘的な印象を与え、本当に夢や願いなどというものは、それがどんなに実現不可能なことであれ、信じて希望を持てば叶うのではないかと思ってしまうのが不思議である。こうした、ある意味「空想」ではあるが、読者になんらかの心理的な希望や夢を与えるという点も、ロマン主義文学が支持される理由②であると考える。

私自身、時々そのような現実にはありもしない空想にふけってしまうことがあるが、人間は誰でも、心のどこかでは超自然的、神秘的、空想的、憧憬的、主観的などといったロマン主義的なことに憧れを抱き、時に現実逃避したくなるような性質を持っているのかもしれない。ロマン主義者や文学者たちはさることながら、あらゆる国でロマン主義の時代があって、現代でもあらゆる国の幻想小説(文学)が出版され、さらには、文学だけではなく政治から芸術、そして流行風俗に至るまでの、その時代の文化のあらゆる面にわたって影響を及ぼし、信奉されているということから、少なくともそうした世界に対する心理的な憧れを持つ人々が少なからずいることは明らかであろう。

また脱線しつつあるので本筋に戻ると、以上のように人形に生命が宿るということだけでも十分驚きであるが、人形の幻想はこんなものでは終わらない。さらに人形は排泄したかと思うと、なんとそれは純金の塊であったのである。しかし、少女のいとこの母親がこれに欲を出した途端に、純金とは全く異なる物体、いわゆる糞を出し、さらには、人形の上に排泄してしまった国王の股間に噛み付いて離れない、そして、王女の座や金銭に目がくらんだ人々の意には決して応じないが、国王への思いやりと深い慈悲を持つ少女にはあらゆる幸せをもたらすという筋から、心のきれいな人間のロマンは満たしたとしても、決して人間の欲深さや無礼行為などに対しては寛容ではないという、ある意味、戒め的な一面も見られる。

さらに大きな特徴としては、⑤ロマン主義の文学は、それまでの新古典主義の作家たちが、ひた隠しにしてきた作家個人の内的な世界や価値観、そして感情をあらわに表現しているため、作品自体がその作家の人生を反映した、主観的かつ個性的な色彩を帯びているということである。実際に、「人形」は、作者であるフアン・バレラ独自の人生の一部を色濃く反映したものとなっている。カブラの貴族の家に生まれたフアン・バレラは、外交官として外地の生活も長く、ナポリ、リスボン、リオ・デ・ジャネイロ、ドレスデン、サン・ペテルブルグ、ワシントン、ブリュッセルの各地を歴任し、またウィーンには大使として赴任している。このようにあらゆる国で生活したことによって、幅広い教養と、洗練された芸術的感覚を身に付けていったという。

そして、「人形」は、彼の外地生活の中でも特にウィーン滞在中の文化、風俗習慣、民間伝説などの影響を強く受けているとされる。例えば、純金を排出する人形に関しては、当時ドイツ南部からオーストリアにかけて広く親しまれていたという「金貨をひりだす人」の伝説が、そして、金銭への欲にかられた人間に対して糞を排泄したことに関しては、当時(19世紀後半から20世紀にかけて)ウィーンで活動していた精神医学者フロイト(金銭と糞の関係を説いた「フロイト著作集」第五巻、「性格と肛門愛」)の影響を受けているといわれる(本書解説P276参照)。

最後に、特徴として挙げておきたいのが、以上の「人形」(1894)が出された年代からも分かるように、⑥ロマン主義の根強さと、その影響力の大きさである。既述したように、写実主義的な新しい傾向が全ヨーロッパに広がるにつれ、スペインにおけるロマン主義の流れも、一応1850年を境として途絶えるものと考えられているが、人間の内的感情の表現、独創的で自由な気風を好む態度など、ロマン主義によって提示された基本的な文学理念は、19世紀後半、さらには20世紀の文学にまでも脈々と受け継がれているというのである。

勿論、以上のことは、写実主義の全盛時代に活躍したバレラの「人形」だけにとどまらない。19世紀前半のロマン主義時代に活躍した、「義足」(1835)のエスプロンセダや、「僧房からの手紙」(1864)のベッケルだけではなく、19世紀後半の写実主義時代(ロマン主義的な特徴をまだいくつか残している写実主義の時代)に活躍した「背の高い女」(1881)のアラルコン、(写実主義の時代でも、自然主義と理想主義的反動の時代に活躍した)「ぼくの葬儀」のクラリンや、「お守り」(1899)、「魂の息子」(1912) のパルド・バサン、そして、「サンチョ・ヒル」(1878)のヌニェス・デ・アルセ、さらには、20世紀前半に活躍した、「ベアトリス」(1903)、「神秘について」(1903)のバリェ=インクラン、「ガラスの眼」(1920)のカステラオ、そして、内戦時代(1936年~)に活躍した「ポルトガルの雄鶏」(1957)のアルバロ・クンケイロ、「島」(1961)のアナ・マリア・マトゥテなど(活躍した時代は様々であり必ずしもロマン主義時代の作家ではないが)、

事実上ロマン主義時代が終焉を迎えている20世紀の内戦時代以降になっても、未だ多くの作家が幻想的なロマン主義文学を書いていることからも、その根強さ、影響の大きさは明らかであろう。最後に、以上のことを踏まえて、カルデロン以降の文学的思想の流れからも18世紀との比較を通してロマン主義の定義づけを試みることにする。

18世紀「新古典主義の時代」

(1)「理性(頭)」の重視

「理性」が「心」をコントロールしており、とにかく「理性」を重視した。当時の人々にとって「フィーリング」や「想像力」というものは社会の秩序を乱し、調和を脅かす危険なものであり、規則正しい、秩序立った社会(普遍性)を重視したのである。

(2)作品に対する考え方「鏡」

当時の文学作品とは、「外」から光をあて、世の中をありのままに映しだす「鏡」のようなものであると考える。つまり、外から「理性」の光をあて、世の中を作品の中に映しだし、読んだ人がそれを見て、いかに生きるべきかを「理性 (頭)」で理解し、学ぶというものである。例えば、風刺などで面白おかしくして、頭で理解し学ぶなど。このように、18世紀では、鏡にありのままに映し出されたものを見て、何が正しく、何が美しいかを頭(理性)で判断し、学ぶものであるといえるだろう。カルデロンの「人生は夢」は、文飾を施した奇知的なバロック文学であるが、「心」というよりかはむしろ「頭」で理解させる、「理性」重視の作品であるという意味では、この部類に近いだろう。

19世紀前半~「ロマン主義の時代」

(1)「心」の重視

「心」が「理性」をコントロールしており、とにかく「心」を重視した。つまり、規則正しい秩序立った社会というよりかはむしろ、個人の精神、つまり、内面(特異性・個性)を重要視したのである。

(2)作品に対する考え方「ランプ」

当時の文学作品とは、「中」から光る、「内なる」光をもって、「外」(世の中)を明るくするランプのようなものであると考える。つまり、個人の「イマジネーション」や「想像力」という、中からの光によって世の中を明るく照らし、読んだ人が、「頭」というよりかはむしろ、自らの「心」(感情)で、何が正しく、何が美しいのかを理解し、学ぶというものである。例えば、作品を読んで、その人が「正しい」あるいは、「美しい」と感じたならばそれは、他の人がどう言おうと、それは「正しい」のであって、またその逆もあるのである。つまり、見た人の「心」が初めてそのものの「正しさ」や「美しさ」を完成させるのである。言い換えれば、「個人主義」、「一人ひとりの心」を大切にするのであり、本書の作者たちも、これを大事にしているように思われる。

しかし、一方で、こうしたロマン主義的な作品にはまりすぎると、時に「疎外感」を感じてしまうこともまた事実であろう。社会とかけ離れた立場、要するに「個人」であるので、ある意味「寂しい」「孤独である」という疎外感を少なからず感じてしまうのも無理はない。また「理想」を重視したばかりに「現実」と衝突した時に、それを受け入れることができず幻滅し反抗する、あるいは、逃亡(自殺)するなどの行動にでたりしてしまうこともありえるだろう。以上のことから、ロマン主義的な思想にはメリットもあればデメリットもあるのだといえるだろう。

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