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フェルナンド・デ・ロハス「ラ・セレスティーナ」の悲喜劇
『カルメン』のカルメンといい、『女王フアナ』のフアナといい、『マルティナは海』のマルティナといい、映画や文学におけるスペイン女性の描かれ方は様々ですが、どの女性も本当に独特で、強烈です。本当に色んな意味でインパクトがあり、いつも圧倒されます。そんな、情熱的なスペインの映画をもう一つ紹介します。
La Celestina,1996, Region Free DVD (Region 1,2,3,4,5,6 Compatible)
ペネロペ・クルス主演のスペイン映画「La Celestina」。原作は、フェルナンド・デ・ロハスによって1499年に発表されたスペインの文学作品です(だいたいは原作に忠実に映像化されています)。
実際はシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」よりもずっと前の作品なのですが、本作品「ラ・セレスティーナ」は、時に「ロミオとジュリエット」と比較され、さらに、スペイン版「ロミオとジュリエット」であるとまでいわれています。「ロミオとジュリエット」には、「ラ・セレスティーナ」のカリストとメリベアの愛の悲劇と多くの共通点が見られることなどからです。たとえば、宮廷の伝統に則った貴公子と貴婦人である二人が愛し合う(禁断の愛に陥る)ことによって多くの犠牲者(死者など)が出る、あるいは、愛し合う二人がお互いの愛ゆえに結局最後には死んでしまうというというように。
原題に「悲喜劇」とあるように、一方では、愛や金などといった欲望がうずまく様々な醜い人間模様や、その自らの欲望が災いしてそれぞれの登場人物ほとんど全員が結果として「死」という罰を受けるという悲劇が描かれるのですが、また他方では、愛し合う二人の熱い恋愛模様や、その二人の間を取り持つ個性的な老婆(取り持ち婆さん)の存在などといった喜劇的な要素も混在しているので見ごたえがあります。
ちょうどスペイン・ルネサンス期にあたるこの作品。
愛や金をとりまく人間の欲深さや陰謀、性描写など、それまでの中世の文学作品にはあまり見られなかったことが赤裸々に描かれているという意味でも、この作品が「もはや敬虔な中世の文学ではない」といわれることにも頷けるでしょう。
とはいえ、結局のところはやはりカトリック大国スペインらしく、「神への愛」を称揚し、その教えを守らなかったばっかりに、罰として命を落とすことになった主人公の二人(カリストとメリベア)を見せしめとして、「狂った愛」(つまり「世俗の男女の愛」)を戒めるといった展開になっています。
見どころはやはり、カリストとメリベアの恋を取り持つセレスティーナ(テレレ・パベス)という老婆の存在です(恋のキューピット役のような感じです)。このお婆さん、最後には自らの強欲さが祟って刺し殺されるという風に、ものすごく性悪で狡猾なのですが、ほかにもいろんな顔を持っていて、ある意味とても面白いのです。たとえば、表向きの商売としては、裁縫師、化粧を施す、香水屋などをしているのですが、また一方では、売春の仲介、処女膜の再生、魔術を扱う、そして、巧みな話術を使って恋の取り持ち役をするなど、あらゆる裏の顔をもっているという風に。
とにかく独特の存在感があり、彼女なしでこの作品は成り立たないとまでいえるほど強烈なまでに印象深い重要なお婆さんなのです。
そしてメインは、すばらしいほど(家柄・美貌・人格・知性などに)恵まれた若い二人の男女の恋物語です。血筋は高貴にして由緒正しく、富裕な家柄に属し、両親からこの上ない愛情を受けている、若く美しい娘メリベア(ペネロペ・クルス)と、貴族の生まれで育ちは立派、頭脳明晰、人柄も凛々しく、多くの才能に恵まれた若き騎士カリスト(フアン・ディエゴ・ボット)。絵に描いたような美男美女です。
とはいっても決して、二人の「愛」の概念は、あらゆる困難に立ち向かって勝利し、結ばれることによって、本人たちだけではなく周りの誰もが幸せに包まれるような喜劇的でロマンティックな純愛ではありません。たとえば、カリストの場合、自らを「メリベア教徒」と呼び、メリベアこそが「神」であると信じて疑わないなど、神への信仰(愛)、大切な友人や従者の死、そして、自らの名誉や名声などを放棄する。
一方、メリベアの場合、カリストのために、愛する家族、名誉、財産、ずっと守り続けてきた純潔、そして、自らの命までをも犠牲にする。
というように、二人は“お互いのためにほかの大切なものすべてを捨ててしまう”のです。そして、あげくの果てには犠牲者を伴い、自らを堕落させ、本人共々破滅へと導く罪の愛(狂愛)なのです。
なにか障害があるほど燃えるというのはよく言われますが、このように、二人の恋は世間的に許され、家族や友人にも祝福され、ハッピーエンドとなるような喜劇的な恋愛ではありません。が、スペインの映画によくみられるこうした愛は、ある意味、本人たちにとってはものすごく幸せな愛だとも思います。たとえその恋の結末がどうであれ、ここまで情熱的に愛せる人と出会えるということ自体は、とても幸せなことではないかと思うからです。
とてもMad Love(クレイジーな愛、狂愛)なのですが、なんというか、「情熱の国」と言われるだけに、スペインらしいなと。

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