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【世界の教育格差】メキシコの初等教育普及過程における苦悩とその影響ー日本との比較から考察

メキシコにおける初等教育普及は、近代化を進める手段として1910年のメキシコ革命以来の課題であったが、実際、その歩みは日本などと比べて遅々としたものであり、現在においてもまだその完全普及には至っておらず、初等教育すら修了していない子供たちの存在が問題化されている。そこで本論文は、メキシコの初等教育の完全普及が遅れている原因を分析することによって、その普及の遅れがメキシコ社会に与える影響を明らかにし、今後のメキシコにおける課題とその見通しについて考究することを目的とする。そのためにまず、近代化の構造を分析する過程において、初等教育(女子教育)普及に至る経緯を示すとともに、その背景において具体的にどのような教育行政がなされたのかを簡単にまとめることによって、近代化における教育の位置・意義を明らかにする(第Ⅱ節)。次いで、日本との比較を通して、メキシコにおける教育発展の変遷を、就学率と修了率の両面から分析し、メキシコの初等教育の普及が実際に遅れているという問題の現状を提示する(第Ⅲ節)。そして、その問題の背景にあると考えられる、可能な五つの社会的要素を分析することによって、初等教育の普及が遅れている原因を検討する(第Ⅳ節)。さらに、第Ⅳ節において提示した五つ目の社会的要素であり、初等教育の一部でもある女子教育普及の遅れの原因と背景を分析し(第Ⅴ節)、最後に、第Ⅱ~Ⅲ節において示した近代化における教育の意義や問題の現状、そして、第Ⅳ~Ⅴ節において述べてきた初等教育(女子教育)普及の遅れの原因とその背景など、これまでに述べてきた全てのことを踏まえて、メキシコの初等教育の普及の遅れが社会にどのような影響を与えているのかを検討し、初等教育の重要性と今後のメキシコにおける課題という結論へと導くことにする(第Ⅵ節)。

Contents

Ⅱ、初等教育(女子教育)の普及に至る経緯とその概要

まず、問題に至った経緯について考慮すると、先述したとおり、国民への教育の普及は、近代化の手段の一つであるということが挙げられる。以下、近代化の構造を、その手段に応じて大きく四つに分解し、それぞれを段階的に説明していく過程において、近代化と教育の関わりについて述べつつ、近代化における教育の位置・意義を明らかにする。メキシコにおける自由主義者たちによる近代化政策において挙げられる四つの基本的要素のうち、一つ目の柱(手段)とされるのが、植民地時代にイベリア半島からもたらされたスペイン的な伝統や遺制を打破することである。例えば、代表的なものとして、人種的身分制、大土地所有制、カトリック教会の強固な支配、家父長的家族制などが挙げられる。スペイン人の到来後、メキシコ(ラテンアメリカ)では、以上のようなスペイン伝来のものを基盤とした制度、慣習、そして、価値観などが形成され人々を支配していた。したがって、近代化を進める上では、まずこうした遅れたものと見なされるスペイン的・宗教的な伝統や遺制を打破すること、すなわち世俗化が求められるのである。具体的には、教会や軍部の特権を剥奪する、あるいは、外国資本を導入して自国の経済開発を促すなど、古い制度や文化を排除し、積極的に外国の文化などを取り入れる努力がなされた。以上のような意味で、第一の世俗化は、近代化を進める上で、あらゆることの根本となる重要な柱であるともいえるだろう。

次に、二つ目の柱とされるのが、問題としても取り上げた、国民に対する教育の普及である。国民への教育(特に初等教育)の普及は、知識や識字能力の習得による国民形成や、義務教育による国民統合的な面からも、近代化における梃子として特に重要視されていた。こうして、メキシコにおける近代公教育制度が確立された1867年以来、初等教育をはじめとするあらゆる公教育の整備がなされたのである。具体的な教育行政としては、メキシコにおける連邦政府の教育行政機関として公教育省(SEP)が置かれ、全般的な教育法制と教育政策のほか、基礎教育(就学前教育、初等教育、中等教育)のナショナル・カリキュラムの策定、初等教育および師範学校における国定無償教科書の作成と配布、教科評価基準の作成、私立教育機関の許可と監督などの権限を持つとともに、就学前教育から技術系単科教育機関まで、すべての教育レベルにおいて連邦立の学校を直接に運営・管理した。一方、各州には州教育局が置かれ、州立の学校を運営するとともに、州に許可や認定を求めた私立の機関を監督していた。また、これら公教育制度の一部として、新たに取り組まれた女子教育も無視できない。ここで始めて女性に対して教育の門戸が開かれたというだけではなく、後述する三つ目の手段である女性の地位の向上の土台とされるという意味では、近代化においても重要な要素として大きく関わってくるからである。具体的に、女子教育の制度として取り組まれたものをいくつか例として挙げておくと、以下の四つがある。第一に、女子にも男子と平等な教育の機会を与えるという教育の機会均等である。第二に、女子に様々な技術を習得させることを目的とした職業学校の設置である。第三に、移民としてヨーロッパやアメリカから外国人教師を招き、新しい女子教育にあたらせるという移民の誘致である。そして、第四に、小学校などの初等教育を担う女教師を養成することを目的とした師範学校(教員養成学校)の設置である。この師範学校に関しては、特に優秀で向上心に燃える中間層の女子が進学し、教育を受けた彼女たちの多くは女教師として社会進出を果たし、後に高まる女性運動の指導者としても活躍したとされる。このような女子を対象としたあらゆる整備が取り組まれたことは、植民地時代から女性に学問は必要ないとされていただけに、彼女たち女性にとって大きな変化であったといえるだろう。以上が近代化における二つ目の柱とされた国民(女子)への教育の概要である。

そして、近代化における三つ目の柱とされるのが、上述した二つの柱の確立を前提とした女性の地位の向上である。その手段としては、先述した第一の世俗化や、第二の女性教育のほかに、外国から優れた女性を移民として受け入れ、彼女たちとの接触を通して女性の地位の向上を図るという、移民の誘致などが挙げられる。そして、これら三つの柱が確立された上で最後に完成されるべく、四つ目の柱とされるのがヨーロッパ化である。つまり、教育制度を含め、あらゆる欧米の制度や文化を取り入れ、それらの利点を多く適用することによって、スペイン伝来の伝統的遺制や文化を打破することによって世俗化が進み、国民(女性)への教育の普及、そして、女性の地位の向上がなされた上で、ヨーロッパ先進国に近づけ近代化を進めるというものである。この場合のヨーロッパというのは、イギリスやフランスのことであり、遅れたものと見なされるスペインは入らないというのが特徴である。以上のことから、近代化の手段とされただけに、上述した四つの柱が全てバランスよく確立してこそ、本当の意味での「近代化」が成り立つのだといえるだろう。そして、成功したかどうかは別として、これが少なくとも当初から自由主義者たちが理想としていた近代化の姿であろう。

Ⅲ、日本とメキシコの教育発展の比較と問題の分析

メキシコの初等教育完全普及はどのくらい遅れているのだろうか。ここでは、日本との比較を通して、その普及の遅れを分析する。なお、日本とメキシコの教育普及における発展速度の違いの理由に関しては、第Ⅳ節において後述するのでここでは省略する。Ⅱにおいて述べたように、1833年以来、自由主義政府は近代化を進める手段として、国民に教育を普及すべくあらゆる努力をしてきた。そして1867年に、近代教育制度が確立し、以後、公教育の諸整備が取り組まれたことも上述した通りである。しかし、教育の普及がスムーズに浸透していったかどうかはまた別の問題であり、実際は長い時間を要した。小学校への就学率の推移を見ていくと、「学校令」の公布により小学校が設置された翌年の1869年には、17-18%、1910年のメキシコ革命時は25%、そして、1917年の憲法により教育の非宗教化がなされた後の1925年になっても、わずか32,1%にしか満たない。ちなみに、1910年のメキシコ革命時において、日本ではすでに初等教育就学率が97%以上であるということから、メキシコにおける教育の普及の遅れはあまりにも大きいと思われる。こうした状況にわずかながら変化を見せ、近代公教育(義務・無償・世俗)が政府による教育政策を通じて実質的な姿を取り出したのは1930年以後である。1940年には小学校就学率58,6%と過半数を超え、1960年代には70%、1970年代には80%…と徐々に普及が進み、そして、1997年になってようやく100%に達している。こうした就学率の変化からは、政府による教育供給に対する努力の成果だけではなく、国民による教育需要がかなり高くなってきているということも伺われるだろう。しかし、メキシコの教育発展において注目したい問題は、就学率というよりかはむしろ、修了率の方にある。次に、修了率の推移を見ていくと、上述したように小学校への就学率が80%を超えた1970年においてもわずか44,4%と約半数となっており、就学率と、実際の修了率のズレがかなり大きいということがわかる。そして70年代後半になってようやくこうした状況が問題化され始め、徐々に普及が進み、1980年には65,5%、1990年には83,1%、そして、2000年になって88,2%と、約30年間に急速な進歩が見られることは確かであるが、2000年において日本ではすでに就学率、修了率ともに100%に達しているということからも、メキシコにおける初等教育完全普及の遅れは顕著であるといえ、また同時に、メキシコでは2000年になっても子供たちの一割以上が六年間の初等教育を修了しておらず、かなりの者(数10%)が初等教育未修了の状態にあるともいえる。そして、冒頭において述べたように、これは現在のメキシコにおいても、重大な問題となっているのである。

Ⅳ、問題(初等教育普及の遅れ)の5つの原因と背景

では、改めてなぜメキシコの初等教育完全普及は遅れているのだろうか。その原因として、少なくとも以下に記す五つの社会的要素があると考える。

第一の原因:過去の教育発展の遅れ

過去のメキシコにおける前期初等教育の普及は、日本を始め他のアジア諸国と比較して最も遅いとされる。つまり、他国と比較して過去の教育普及・発展自体が遅れていたということが、メキシコにおける初等教育の完全普及が遅れている原因の一つであると考えられる。では、なぜメキシコにおいて、過去の教育発展は遅れたのであろうか。その背景にあると考えられる要因として少なくとも以下の四つが挙げられる。
第一に、教育を需要する側の放棄所得を含めた費用の問題がある。公教育に関しては、Ⅱにおいて述べたように、政府が無償教育を用意し、あらゆる配慮をしていたため、教育を受ける子弟を持つ家族にとって教育費に対する負担はそれほど大きな問題ではなかったが、その反面彼らにとっては、労働力となる子供を、働かせるのではなく就学させることによって失うことになる放棄所得の方が問題となっていたのである。また、このように教育を需要する側だけではなく、供給する側にとっても、組織的で、恒常的な教育を前提としていたため、教員の養成や維持、あるいは、学校施設の建設やその維持などにかかる費用の大きさなどを考慮した場合、費用は問題の一つであったといえる。第二に、経済的な理由からの労働の必要性を重視することによって生じる、教育の必要性の低さがある。第一の放棄所得の問題の背景にもあるように、国民大衆の中でも特にその大半を占めていた農村住民にとっては、最低限の識字能力の必要性は感じたとしても、六年間も続く初等教育に対する価値や必要性はそれほど高くはなく、むしろ、子供を働かせることによって得ることになる収入の方にこそ、より大きな価値を置いていたのである。第三に、政府の教育に対する熱意の低さがある。実際、政府が国防費を抑え、教育に力を入れるべく教育費支出の比率を徐々に上げ始めたのは、近代公教育制度が確立した1867年から80年以上も後になる、1950年代後半になってからであり、それ以前は長期にわたって、より国防費の方に比重を置いていたのである。こうしたことは、政府がどれだけ教育に対して熱意を注いでいたのかどうかを判断する一つの基準として捉えられるだろう。
そして第四に、第三の政府の公教育支出比率における問題の背景にもある、保守・宗教勢力の存在がある。第三の背景において、教育財政の乏しさから、政府の教育に対する熱意の低さを提示したが、だからといって必ずしも政府が教育に対してまったく無関心であったという意味ではない。実際に、メキシコの自由主義政府が、近代化や国民形成のために初等教育の重要性を感じていたことは、すでにⅡにおいても述べたとおりである。問題なのは、彼ら自由主義政府ではなくむしろ、彼らの近代化政策に抗する宗教・保守派勢力の存在にあるといえる。実際に、1917年に憲法によって教育の非宗教化などが行われたが、その背景には、実施をめぐる歴代政府と教会の長期にわたる対立が存在したことで、なかなか教育の世俗化が進まなかったり、あるいは、既述した公教育省(SEP)による過度の中央集権的な教育行政の体質に対して各州から批判が出るなど、中央政府の教育統制を弱める保守派勢力が存在していたことが問題になっていたのである。したがって、こうした強い宗教・保守派勢力が存在したことが、自由主義政府による近代化政策、そして、その手段の一つである教育の発展における弊害となり、普及が遅れた得に大きな要因であると考える。

第二の原因:留年、ドロップアウトの続出

メキシコでは、留年やドロップアウト、つまり、一度小学校に入学したものの、途中で脱落していってしまう者が多く、調査データによる統計と実態(実際の在学・就学率など)は異なる傾向がある。では、なぜこのように、多くの者が中途退学してしまうのであろうか。その背景にある要因として、少なくとも以下の三つが考えられる。第一に、高学年まで通える学校がないなど、政府による教育機会供給の欠乏がある。第二に、既述した放棄所得の問題に見られるように、労働力として子供を必要とする家族側の需要がある。そして第三に、学力が付いたかどうかを重要視しているために現在でも健在しているという厳格な進級試験の存続がある。これは小学校段階から毎年行われており、かなり難しい上に合格しないと進学ができないため、不合格者が多数出ることも珍しくはないとされることから、中途退学が出る最も大きな要因であると考える。ちなみに日本にも過去において進級試験を実施していた時期があったが、メキシコ同様に不合格者から留年や中途退学者が多数出たため、学力というよりかはむしろ、全ての国民を差別なく天皇の「赤子」として統合すべく義務教育(特に初等教育)を重要視し、1900年までには試験を廃止したとされる。またそれ以前にも、教育に熱心な日本は、江戸時代(1603-1867)から存在する寺子屋教育(読・書・算盤など)により、武士だけではなく庶民の教育も普及し識字率が向上するなど、世界でも有数の教育国になっていた。つまり、日本はこうした過去における庶民の教育や進級試験の廃止による義務教育の確立などが土壌となって、明治時代(1868-1912)には初等教育の普及がスムーズに進み(実際、日本は1910年において就学率97%)、そして、その上で近代化を進めたのである。勿論、日本における教育普及がスムーズに進んだ背景には、国民の教育に対する熱意の大きさや、宗教・保守派などの勢力が比較的緩やかであったことなども挙げられるだろう。実際に、独立後も過去の古い制度が温存され、古くからの学校との連続性を保ちつつゆっくりと進められたメキシコの教育普及とは対照的に、日本の公教育は、過去の伝統的な制度などからは切り離され、弊害も少なくスムーズに普及が進んだとされる。したがって、日本の場合、メキシコとは対照的に、教育が近代化における先導となり、国家も急速に発展していったのだと考えられる。以上のことから、日本とメキシコの教育発展の速度に違いが生じた背景には様々な要素があるが、少なくとも進級試験の有無が、両者の明暗を分けた得に大きな要因であったことは明らかであろう。

第三の原因:教育普及困難層の存続

メキシコでは現在でもかなりの者が教育普及困難層として初等教育未修了の状態にある。例えば、遠僻地にある人口の少ない集落に住む家族の子弟、先住民の集落に住む家族の子弟、家族ぐるみで季節的に移動を行うという移動農業労働者家族の子弟、そして貧困な、あるいは教育に無関心な家族に属することの多い成績不振児童など。特に貧困は、先住民の居住比率が高い南部(チアパス、オアハカ、プエブラ州など)に多いとされる。

第四の原因:戦後の工業化過程における中等・高等教育普及の優先

第二次世界大戦後に始まる工業化の過程において、政府は初等教育の完全普及を待たずして、中等・高等教育の拡大を進めたため初等教育の完全普及はますます遅れることになった(9)。その背景には、特に工業化過程において急増した中産階級からの中等・高等教育の需要が高まったことがある。では、中産階級とはどのような人々で、なぜ工業化過程において増加し、中等・高等教育を求めたのであろうか。1960年代以来のメキシコでは、経済成長(メキシコの奇跡と呼ばれた)により工業化が進んだ。この経済成長により、農村の人々は現金収入を求めて都市へ急激に流れていったのである。彼らの多くは一般労働者や学生が占めており、中でも学生は都市の大学に通い、学問を学ぶことで上層階級に上がるチャンスを手に入れようとした。彼らこそがこの時代、つまり60年代に急増したとされる中産階級である。では、工業化と中等・高等教育がどのような関わりを持っており、なぜそれらを優先して拡大する必要があったのであろうか。工業化において必要とされる労働力には大きく分けて二つある。一つは、大量の単純労働者である。そして、もう一つは、熟練・技術・ホワイトカラー的労働者である。前者に関しては、一般的に足りている場合が多いが、後者に関しては不足する傾向にあるとされる。したがって、そうした不足している労働力を確保するために、まずはそれら(熟練・技術・ホワイトカラー的労働者)に応じた中等・高等教育を拡大する必要が出てくるのである。ちなみに、こうした中等・高等教育を受けたのが、上述したように、中産階級の人々であり、高い知識や技術、そして学歴を身に付けた彼らの多くは、熟練・技術・ホワイトカラー的労働者として工業化に貢献し、徐々に政治・経済力を増していったとされる。したがって、政府は、工業化を促進するためにも彼ら中産階級の要求に応じざるを得なかったのであろう。では、なぜ他方で初等教育が充分に普及されなかったのであろうか。それは、工業化が必要とする労働者の教育水準に原因があるといえる。つまり、労働者たちは、最低でも初等教育修了程度の学力を要求されるのである。実際に、大半を占める単純労働者は、初等教育修了程度に相当するといわれる。以上のことから、その程度の学力を持つ労働者が十分に存在しているために、不足する中等・高等教育を拡大する必要はあっても、初等教育を国民的規模でさらに拡大する必要まではないのであり、したがって、そうした工業化における初等教育修了程度以上の労働需要が、初等教育の完全普及というよりも、より高いレベルの教育発展を促すことになるのである。つまりは、Ⅲにおいて、政府は第二次世界大戦後の1950年代後半から徐々に国防費を抑える一方で、教育費の支出比率を上げてきたことを述べたが、実際はそのほとんどの費用は、初等教育というよりかはむしろ、中等・高等教育に注がれていたといえるのである。こうして、工業化が始まる1960年代頃から、初等教育を修了した一部の人々のために中等・高等教育が急速に発展していく一方で、基礎であるべき初等教育の完全普及は先送りにされるという、なんともアンバランスな状況に至り、結果として問題に陥ってしまったのだといえるだろう。

第五の原因:女性の教育普及の遅れ

女性教育普及に至る経緯とその意義、そして、19世紀後半に初等教育の一部として女子教育の制度も確立し、あらゆる整備が実質的に取り組まれたことなどは、Ⅱにおいてすでに述べた通りである。しかし、タイトルにもあるように、初等教育(女子教育)の普及はスムーズには進まなかった。では、なぜ女性の教育普及は遅れたのであろうか。勿論、これまでに述べてきた四つの原因も、初等教育に含まれる女子教育普及の遅れの原因として考えられるが、女子教育問題の背景には女性問題が深く関わっており、また、女子教育は、既述したように、近代化の手段とされた「女性の地位の向上」の土台でもある重要な要素であるため、女子教育の問題を、単純に初等教育の一部として一括して捉えることはできない。したがって、以下、同じ初等教育でも女子教育をそれとは区別したひとつの問題としても捉え、より細かく問題の原因や背景を分析してみたい。

Ⅴ、問題(女子教育普及の遅れ)の原因とその背景

女子教育普及の遅れの原因に関して考慮すると、少なくとも以下の二つが特に大きなものであると考える。

第一の原因:スペイン伝来の女性に対する伝統的・宗教的価値観マチスモとマリアニスモ

ラテンアメリカにおけるジェンダー的概念でもある「マチスモ」と「マリアニスモ」は、Ⅱにおいて述べた近代化における第一の柱にあたるもの、すなわち、殖民地時代にイベリア半島からもたらされたスペイン的な伝統や価値観によって規定された女性的概念である。既述したように、自由主義者たちは、近代化を進めるために、まずヨーロッパ的な外国の文化や制度、政治、経済、法律、建築など様々なものを積極的に取り入れ、土着的(スペイン的)なものを打破する努力をしてきたが、この女性的概念だけは簡単には消えずに根強く残り、依然として女性を支配していたのである。したがって、近代化における第一の柱が確立されず、結果として、第二の柱である女子教育の普及が遅れたのであり、これが問題における最も根本的で大きな原因であると考えられる。では、具体的にマチスモとマリアニスモとはどのようなもので、その背景において女性たちはどのような生き方を強いられていたのであろうか。以下、マチスモとマリアニスモに関して、それぞれの概念とその背景にある女性像についての概要を述べておく。

(1)「マチスモ」の概念とその背景に生きる女性像

マチスモは、イベリア半島の伝統と文化を受け継ぎ、性による役割分担が明確に区別されたラテンアメリカ社会における、女性に対する男性の肉体的優位からくる男性優位主義を示す概念である。したがって、女性は男性に対して肉体的に劣った立場にあり、家の中では結婚前は父に、そして、結婚後は夫に対して常に従順であることが求められ、決して逆らうことは許されなかった。つまり、たとえ不平や不満があっても、それら諸感情を抑え、自己犠牲的な生き方を強要されていたのである。

(2)「マリアニスモ」の概念とその背景に生きる女性像

一方、マリアニスモは、マチスモ同様にイベリア半島からもたらされた宗教的な意味合いを持つ女性的概念であるが、男性に対する女性の精神的優位を示すという意味では、マチスモとは表裏一体の関係にあるといえる。名前の通り、聖母マリアに由来する理想化された母性に基づく概念である。ちなみに、聖母マリアとは、伝説において、神であり人類の救世主であるとされ、後にキリスト教における信仰の対象となるイエスを、処女のまま身ごもり(精霊による処女懐胎)産んだとされる「神の母」であると同時に、人々の願いをキリストに取り次ぐ仲介者として、キリスト(カトリック)教徒の心の支えとして崇敬され、祈りの対象ともなっている、要するに「キリスト教信者の母」でもある特別な人である。以上のことから、聖母マリアへの崇敬を認めるカトリック大国メキシコ(ラテンアメリカ)においては、女性を男性に対して劣った存在であるとするマチスモの支配下でありながらも、女性は、母性に根ざした神聖な対象であり、母として妻として家庭を守る重要な存在であるとされ、男性に対して精神的には優位な立場に置かれていたのである。

第二の原因:社会的階層差の存在と伝統的価値観の残存度合いの格差

女性に対する伝統的・宗教的価値観は根強く残ったと既述したが、実際には、時代の変遷と共に部分的ではあるが徐々に崩壊してきており、階層に応じてその残存度合いにも違いがあるとされる。つまり、教育普及における苦悩の根本的要素の一つとされるマチスモは中・上層階級ではほとんど見られず、下層階級のみ根強く残っているというのだ。したがって、当然のことながら恵まれた中・上層階級の女性と、貧しい下層階級の女性の間には、経済力の違いだけではなく、女性の教育普及を阻止する根本的な要因である伝統的・宗教的価値観の残存度合いにより、教育を受ける機会にも格差が生じるのだと考える。では具体的に、表裏一体にある二つの女性的概念によって支配されていた女性は、教育をめぐってどのような生き方を強いられていたのであろうか。以下、階層別にその女性像についての概要を述べておく。

(1)高等教育を受け地位の向上を遂げていく中・上層階級の女性像

公教育の恩恵を受ける機会を得た一部の恵まれた女性たちは、自らのさらなる地位の向上のために高等教育を受けるべく行動するが、女性が専門的な教育を受け、男性に劣らぬ職業(弁護士、医者、研究者、政治家など)に就くには、社会の抵抗や偏見と戦わなければならなかった。特に、学問の府である大学は、女性を受け入れるのに抵抗を示し、たとえ恵まれた女性であろうと、伝統的・宗教的価値観が少なからず残存しており、女性に教育は必要ないとされていたため、少なくとも19世紀後半までは、彼女たちにとっても高等教育を受けることは困難であった。実際に、メキシコにおいて女性に初めて高等教育の機会が開かれたのは、既述したように、ベニート・フアレス大統領の下で新しい女子教育制度が導入され、近代教育制度が確立した1867年になってからである。ちなみに、メキシコにおいて最初の女性歯科医が誕生したのは1886年であり、これがきっかけとなり、その翌年の87年には最初の女性外科医が、1889年には最初の女性弁護士が誕生している。そして、こうした風潮を決定的なものとしたのが、第二次世界大戦後に始まる工業化時代の到来による、彼女たち中・上層階級の女性を取り巻く伝統的価値観の崩壊である。実際に、工業化・都市化が進むにつれて女性の教育普及を妨げていた根本的な要素であるマチスモやマリアニスモは、中・上層階級においては徐々に崩壊し、それと同時に、伝統的価値観から解放された、恵まれた女性の多くが高等教育を受けるようになり、男性に劣らぬ職業に就き社会進出を果たすようになっていったのである。具体的には、1979年にはメキシコ女性の35%が高等教育を受ける機会を得ている(ちなみに翌年の1980年の高等教育就学率は97%である)。女性研究者を例にとって見てみよう。1979年のメキシコ国立自治大学社会調査研究所による高等教育機関に所属する研究者を対象に行った調査によると、自然科学、社会科学の分野における女性研究者は、それぞれ15%、29%であるという。また、主な大学・研究機関別に行われた調査によると、メキシコ国立自治大学の場合、女性研究者が占める割合は約20%であり、さらには、メキシコ大学院大学や第三世界研究所では、それぞれ32%、41%であるという。そして、以上の調査対象となった女性研究者の37%は博士号を有していたとされる。以上のことから、時代の変遷とともに伝統的価値観から解放された一部の恵まれた女性たちが、高等教育を受け、自らの地位の向上を図っていく状況が伺えるだろう。

(2)初等教育さえ受けることができないで抑圧され続ける下層階級の女性像

上述したように、近代化政策の過程で推進された公教育は、一部の恵まれた女性にのみその機会が与えられ、さらには時代の進歩とともに彼女たちの多くが高等教育を受け、地位を向上させていった。では一方で、下層階級の女性はどのような状況であったのだろうか。一言でいうと、上述した恵まれた女性たちとは、まったく対照的な生き方を強いられていたといえる。その背景には、時代が変わって社会が進歩しても伝統的価値観は変わらず残存していたということが挙げられる。つまり、経済的な理由だけではなく、植民地時代から女性を支配していた伝統的・宗教的価値観が、工業化時代以後も依然として彼女たちを取り巻いていたために、ほとんどの下層階級の女性は公教育の恩恵を得ることができずにその多くが女中として労働を強いられ、おまけに、マチスモの影響下で横暴な男性の犠牲となり、貧困と男性の横暴さという、二重に抑圧された状況の中に生きていたのである。以上のことから、一部の恵まれた女性が高等教育を受ける一方で、大部分の貧しい下層階級の女性は、初等教育さえも受けることができずにマチスモやマリアニスモの影響下で抑圧され続けている状況が伺えるだろう。
以上が、(例えば、1980年の初等教育修了率65%、中高等教育就学率90%以上であるように)工業化時代以降に、初等教育の完全普及を差し置いて、高等教育の就学率が急増した要因の一つであると考える。

Ⅵ、問題の社会への影響

では、第Ⅱ~Ⅲ節において示した近代化における教育の意義や問題の現状、そして、第Ⅳ~Ⅴ節において述べてきた初等教育(女子教育)普及の遅れの原因とその背景など、これまでに述べてきた全てのことを踏まえて、この問題、つまり初等教育(女性教育)普及の遅れがメキシコ社会にどのような影響を与えるといえるだろうか。ここでは、以下に記す可能な五つの社会的影響を述べることによって、第一の結論を試みることにする。

(1)国民(女性)間での教育格差による学力の二極化と国家の学力水準の低下

社会的階層間における経済力の格差や、教育普及困難層、または、工業化過程における中等・高等教育普及の拡大の過程で取り残された人々、つまり、教育の機会を受けた人々と、得ることができなかった人々との間で教育機会の格差が生じる。さらに、こうした教育機会の格差がメキシコ国内での学力格差につながり、結果として、OECD学力調査に見られるように、世界的な学力比較においてもメキシコの子供の学力水準(毎回最下位グループ)は低くなるのだと考える。

(2)国民(女性)間での差別意識の芽生えや優劣関係の形成による社会的格差の拡大

義務教育「修了者」と「未修了者」の格差

進級試験の存続により、ドロップアウトした子供たちが大量に出たことで、本来の意味で国民統合的な機能を負わせられていた義務教育が成立せず、修了者と未修了者との間で差別意識が生じる。
・工業化時代の背景に見える「都市」と「農村」の格差
第二次世界大戦後に始まる工業化の背景において、高等教育を受けたことで、ホワイトカラー的労働者として工業化に貢献し、結果として高い経済力を得るようになった都市の住民と、一方で教育を受ける機会さえ得ることができないで放置されたままの状態になっている農村の住民との間で、優劣関係が生じ、都市の住民による農村の住民に対する差別意識が芽生え、さらには後世にまで影響を与える。

「男性」と「女性」の格差

ただでさえ女性は伝統的に劣った存在とされているのに、教育を受ける機会さえ与えられない下層階級の女性は地位の向上を図ることができずに、依然として男性の抑圧に耐えていくことを余儀なくされる。したがって、当然のことながら、男性との社会的格差が縮まらず、結果として、そうしたことがセクハラなどの女性差別につながっていくのだと考える。

「女性」同士の格差

ほんの一部の恵まれた中上層階級の女性が、高等教育を受け、男性と肩を並べる職業に就き、社会進出を果たすことで、男性に劣らぬ経済力をつけ、発言力などを高めていく一方、初等教育さえも受けることができず、低賃金のもと労働を余儀なくされる下層階級の貧しい女性は、女中として先述したエリート女性を裏で支える立場におかれ、結果として、女性間で抑圧者と被抑圧者という優劣関係が形成される。

(3)女性の地位の向上への影響(一部ではなく大部分の女性の地位の向上)

教育による女性の地位の向上は、近代化を進める上での重要な手段とされていたが、既述したいくつかの原因により、女子教育の普及が遅れたことで、特に下層階級を中心とする大部分の女性の地位は期待通りには向上せず、彼女たちは、第二次世界大戦後の工業化以後も、根強く残るマチスモとマリアニスモの影響下で抑圧されながら生きることを余儀なくされたのである。ちなみにこれは、メキシコだけではなく、ラテンアメリカ全域において言えることである。実際には、時代の変遷とともに、特に中上層階級の女性の周りの環境や伝統的価値観などが変化し、彼女たちの行動を規制していたマリアニスモから少なからず解放されることで、工業化時代以前では考えられなかった高等教育を受け、社会進出を果たし、地位の向上を遂げていることは既に述べた。ちなみに、女性が、男性に劣らぬ職業(例えば、医者や弁護士など)に就き、高収入を得るためには、高等教育を受けることが必要とされるのは言うまでもない。以上のことから、彼女たち女性に対する世間一般の考え方が変化し、以前と比べて多くの女性が社会進出し、地位を向上させてきているということは疑いのない事実である。しかし、忘れてはならないのは、そうした高等教育を受け、社会進出を果たす女性は、上述したように、全体的に見てほんの一部に過ぎないのだということである。実際は、既述した様々な原因から、高等教育どころか初等教育さえも受けていない女性が少なからず存在するのである。さらに付け加えるなら、教育を受けた女性全てが社会進出を果たすわけでもないのだ。以上のことから、一口に「女性の地位の向上」といっても、身分や教育水準などの違いに応じて上から下まで色々な意味があるが、一部ではなく、全体的に見た場合の大部分の女性が、最低限の意味での地位の向上を図る上で、初等教育は必要不可欠な要素であると考える。

(4)近代化、そして国家の発展への影響

本来ならば、近代化を進める手段とされていた初等教育(女子教育)普及の遅れにより、教育が近代化の先導としての役割を得ることのないまま、むしろ近代化を後追いする形となり、社会の、そして、教育そのものの近代化に長い時間を要することになり、必然的に国家の発展にも少なからず影響を与えることになる。実際には、第二次世界大戦後に中等・高等教育が急速に拡大し、それに伴って工業化・都市化が進み、メキシコ社会は少なからず進歩し、発展したのは事実である。しかし、近代化における第二の柱とされた「国民の初等教育」が充分に普及していないばかりか、第一の柱であった世俗化が上手くいかず、特に下層階級において伝統的な女性に対する価値観が残ったことで、大部分の女子教育の普及も遅れ、結果として、近代化における第三の柱であった「(大部分の)女性の地位の向上」にも悪影響を与えることになったという、近代化における根本的な問題を考慮すると、必ずしも本当の意味での近代化が成功し、国家が期待通りの形で進歩しているとはいえず、何かしらの悪影響を与えているのではないかと考える。実際に、現在のメキシコにおいて、貧困、先住民、そして、児童問題など未解決の問題が多く残っていることからも明らかであろう。
以上が、初等教育の普及が遅れることでもたらされると考えられる社会への影響(デメリット)である。しかし、以下のように、メリットもあることは確かである。

(5)女性運動(女権拡張運動、女性参政権運動、女性解放運動など)の高揚とその影響

初等教育さえ受けることができず(勿論、下層階級の女性たちへの初等教育就学率も年々徐々に進歩してきてはいるが)、軽視されている大部分の女性の置かれた立場に目覚めた一部の教育を受けたエリート女性が、教育を受ける自由、職業を選択する自由、そして、女性を束縛する因習などからの解放を求めて、女性運動を開始し、女性の地位の向上へと導いたという事実もあるのである。つまり、後にメキシコだけではなく、ラテンアメリカ諸国の女性たちが得ることになる、女性参政権による政治参加を始めとする法的・社会的権利や平等は、教育を受けた一部の女性なしにはありえなかったといっても過言ではないのだ。(勿論、エビータのように例外もあるが。) 以上のことから、初等教育が充分に普及されていなくても、そのことが一部の教育の恩恵を受けた女性を動かす原動力となり、結果として、女性に政治的・社会的権利をもたらすことになったという意味では、初等教育(女子教育)普及の遅れは、メキシコ(ラテンアメリカ諸国)社会に与える一つの影響(メリット)であったともいえるだろう。

Ⅶ、初等教育の重要性とメキシコにおける今後の課題

最後にまとめとして、これまでに述べてきた全てのことを踏まえて、初等教育の重要性と今後のメキシコについて述べることで第二の結論を試みることにする。何度も述べたように、実際は第二次世界大戦後の近代化過程における工業化・都市化が進む中で、ラテンアメリカ社会は大きな変化を遂げてきている。また、恵まれた中・上層階級だけではなく、下層階級の女性にとっても、法的な男女の平等化や、識字率の上昇、女中に対する待遇改善などが図られ、彼女たち下層階級の女性をめぐる社会環境や世界観なども少なからず変化してきているという。Ⅵにおいて述べた影響(メリット)による変化も大きいだろう。勿論、教育の完全普及のために国連や政府があらゆる努力を行っていることも事実である。しかし、実際のところ、現在においても初等教育がまだ充分には普及しておらず、教育を受けていない人々が置き去りにされ、他方では、一部の人々(女性)が高等教育を受け地位の向上を図っていくという両者の二極化が進み、その他にも既述してきたように数多くの問題が引き起こされているという現実を考えると、初等教育の普及の遅れが社会にもたらす(悪)影響の大きさを痛感せずにはいられない。初等教育が充分に普及された日本でさえ、学力や様々な面での二極化が問題化されているくらいだから、メキシコなんてなおさら問題は深刻であろう。したがって、工業化・都市化などにより社会の進歩を遂げ、部分的ではあるが女性たちを巡る環境にも変化を見せてきたメキシコではあるが、国民(女性)の初等教育の普及の遅れという、あらゆる問題の基礎となる根本的な問題がいまだ解決していないのだという意味では、やはり本当の意味での発展を遂げたとは言いがたい。それゆえに初等教育の完全普及は、貧困や女性の地位の向上、国家や国際的な学力水準の向上、児童労働、先住民問題など様々な問題の解決にも関わる、現在でも重要な問題であり、同時に、最優先されるべき問題であるといえるだろう。だからこそ、できるだけ早く初等教育の完全普及が達成されることを期待したい。

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